1 皮膚の機能

 私たちの体の表面を覆っている皮膚の役割は、単に「体の内と外を仕切る」というものだけではありません。
普段、私たちは特別、意識していませんが、以下のような極めて重要な役割を果たしているのです。

・外からかかる圧力(気圧など)と、体内の圧力との平衡を保っている
・表皮に張り巡らせた毛細血管網による放熱と、汗の分泌による体温調節が行われる場である
・紫外線による破壊作用から体内部を防御している
・皮膚上の感覚器で受ける刺激により、外部の状況を感知する

など。

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2 皮膚や付属器官のしくみ

 皮膚は大きく三層に別れています。「表皮」「真皮」「皮下脂肪層」です。

・皮下脂肪層(Subcutaneous fat layer)
 最も最下層である、皮下脂肪層には、文字通り、脂肪が主体となって、上に重なる真皮、表皮を支えています。また、動脈や静脈などの血管が通っていて、皮膚に必要な栄養が届けられたり、生成された老廃物を運びさる経路になっています。皮下脂肪は、外からの衝撃を和らげたり、体温の保持や、外からの熱を遮断する役目も担っています。また、汗腺(エクリン腺やアポクリン腺)もこの層に根ざしています。


・真皮層(Dermic layer)
 皮下組織(皮下脂肪)層の上にある層で、部位にもよりますが、およそ2mmほどの厚さがあるとされています。この層の主成分は繊維状のタンパク質であるコラーゲンです。またエラスチンというタンパク質も加わって、ネットのようになっています。ここに、ヒアルロン酸というゼリー状の成分を含み、肌の弾力を与えています。これらの成分の中に、真皮幹細胞と繊維芽細胞という細胞が点在しています。実は、真皮層を満たすコラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸は、この繊維芽細胞が生成したもので、繊維芽細胞は真皮幹細胞が生み出したものです。

 真皮層には、皮下組織まできている動脈から分岐した毛細血管が張り出していて、さらに老廃物を運び出すために、静脈へと折り返しています。この毛細血管から酸素や成長因子を受け取ることで、真皮幹細胞は繊維芽細胞を生み出します。
生み出された繊維芽細胞もまた、これを増殖・活性化させる因子を受け取ることで働きを活発化させ
、その結果、コラーゲンやエラスチン、ヒアルロン酸などを生み出しているわけです。
そして、活動の結果排出された老廃物も毛細血管へと戻し、静脈へと流して行きます。
 真皮層には血管のほか、リンパ管も通っています。さらに皮下脂肪層に根ざした汗腺も、外皮に向け、この層を貫いています。

・表皮層(Epidermal layer)
 皮膚組織の中で一番、外側の層で、厚さは平均で0.2mmほどの層です。表皮層はさらに、その構造や働きから4つの層に分けられます。

 ・基底層(Basal layer)
 表皮層の最も最下層の層で、たった1枚の層を差します。この層は表皮幹細胞を含む基底細胞という細胞で構成されています。この層の
すぐ下に基底膜という膜をはさんで真皮層があります。基底膜は波状に形成していて、その上の基底細胞も波打つように並んで配置され、基底層を成しています。基底細胞は、その働きに必要な栄養・成長因子を得ることで、角化細胞(ケラチノサイト)を生み出します。したがって、これが目に見える皮膚のターンオーバーの起点になります。基底層で生まれた角化細胞は、新たに生まれてくる角化細胞に押し上げられるようにして、基底層から離れて行きます。基底層から離れ、有棘層、顆粒層を経て、最表面である角層へと上がっていくわけですが、それに伴って、角化細胞は表皮組織に必要な成分などを生み出しながら、角化細胞自身も角層細胞へと段階を経て変わっていきます。角層細胞とは、基底層から離れながら変化していく角化細胞の活動が終わり、主成分であったケラチンだけ(角化細胞なったばかり細胞内にはNMFも含まれています)となった姿で、言ってみれば角化細胞の屍骸であるとも言えます。しかし、このケラチンだけとなった角層細胞こそが、乾燥から体を守るレンガの役割を果たしているのです。また角化細胞が角層細胞へと変化する過程で生み出したスフィンゴシンは、角層細胞間をうめる細胞間脂質の元になります。言ってみれば、レンガの間をうめるモルタルにも例えられます。
さらに、基底層には、メラノサイトもあり、メラニンを生成して、紫外線の体内侵入を防御する役割も果たしています。

 ・有棘層(ゆうきょくそう)(Stratum spinosum)
 基底層で生まれた細胞や成分が次に上がる層です。その細胞の姿が、顕微鏡で見るとトゲとトゲが細胞同士を結びつけているように見えることから、名づけられた、とされています。

 ・顆粒層(‎Granular layer)
  有棘層の次に上がる層です。細胞が顆粒状に見えることに由来するそうです。基底層では栄養も潤いも満たされていたケラチノサイトですが、顆粒層の段階ではその作用が及びにくく、細胞としての活動が終わります。活動が終わった細胞は、すなわち細胞死を迎え、角化細胞(ケラチノサイト)だった細胞は、繊維状タンパク質であるケラチンを主性分とし、NMFという潤い成分を含んだ、核のない角層細胞をなります。また、生成したスフィンゴシンもこの過程の中で変化し、セラミドという脂質にかわります。

 ・角層(Stratum corneum)
  最表面の層です。角層は、角層細胞がレンガのように並び、またそのレンガの間は細胞間脂質でうめています。この細胞間脂質は、水にも脂にも親和する性質を持っています。これはその分子構造に、親水基、親油基をもつためで、層状に水を挟み込んだかたちとなっています。これをラメラ構造といいます。
 細胞間脂質はさきほどのセラミドがその半分を、また他の半分も、角化の過程で生成された遊離脂肪酸や、コレステロール、コレステロールエステルなどで占めています。
 角層では、汗腺の末端、つまり汗の出口である汗孔や、毛穴も口をあけています。
 
最表面となった角層細胞は、前述したように、すでに死んだ細胞であり、内側にある若い細胞を守るのが主な役目です。死んだ細胞とは言っても若い角化細胞はNMFも含んでいて、水分を保持する機能をもっていてます。したがって角層自体も保水能力をもっていますが、時間とともにこのNMFもなくなっていき、それに伴って細胞自体の保水能も落ちて行きます。やがて、最表面となり、乾燥してくると、ターンオーバーに準じて、垢となってはがれ落ちて行きます。


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3 見えないバリア 皮脂膜


 さて、実は角層は私たちの肉体を構成する細胞組織のなかでは最表面に位置しますが、剥き出しの状態で外部環境にさらされているわけではありません。私たちの目にはっきりとは見えない、バリアを纏っているのです。これが、皮脂膜です。
 皮脂膜とは、どういうものなのでしょう。皮脂膜の説明をする前に、皮脂膜の材料である皮脂、さらに皮脂分泌の意義をさぐる上で、切っても切れない関係である、体毛の話から始めましょう。

 私たちの皮膚表面をよくみると、ところどころから、体毛が生えています。とくに頭髪が生える頭部は、体毛が集中している箇所だといえますね。他にも体毛の生えている箇所を見ると、特に重要な機能をもつ箇所には集中しているようです。体毛が、体を守る目的で存在することがわかりますね。他の動物を見てもわかるように、皮膚ももちろんですが、体毛も立派なバリア機構のひとつです。
他の動物と比べると、ヒトにおいてはかなり退化し、薄くはなっているように見えますが、今でもきちんと機能を果たしています。
 体毛を生やすための細胞は、真皮組織に存在します。食事で摂られた栄養成分が届く真皮組織内には、毛となる細胞を生み出す毛母細胞があり、その毛をしっかり根付かせる毛根があります。毛母細胞から生える体毛は、表皮に向って伸び、外皮には毛穴が開いていて、そこから体の外部環境に顔を出した格好です。

 体毛が根ざす毛穴の奥には、皮脂を分泌する皮脂腺という器官が付属しています。皮脂腺内では、毛細血管やリンパ管によって運ばれ届けられる栄養成分から主に油分が拾われて皮脂として生成されます。皮脂の生成はわずかずつですが、しかし、じわじわと分泌され、毛穴から滲み出し、体毛や表皮を覆っていきます。この皮脂の存在を考えるとき、動物園や水族館にいるラッコの様子を思い出してみるとわかりやすいかもしれません。毛に覆われてフワフワに見えるラッコですが、皮脂がしっかり分泌され、毛先まで覆っていることで水をはじいていますね。ラッコ以外でも、水浴びをしないような動物でもツヤツヤした毛並みをしている動物は少なくありません。油分がつねに皮脂腺から分泌されていることで、不要なものが毛に付着しにくくなっているのですね。

さらに、皮脂には抗菌成分も含まれています。私たちの口腔や内臓、また眼球や鼻腔など、これら湿っている部分は、私たちの体内から分泌される粘液が覆うことで外敵の侵入を防いでいます。この粘液には、「リゾチーム」という酵素や、「ラクトフェリン」というタンパク質が含まれていて、これらが外部から付着してきた細菌やウィルスの活動を抑えているのです。これらの成分は皮脂にも含まれています。そのため、充分に皮脂の分泌がある皮膚上では、これらの抗菌成分が作用し、体に不必要な雑菌の繁殖が起こりにくくなっているのです。


 また、ヒトにおいては、皮脂分泌以外に、汗の分泌も盛んです。汗は主に水分を成分としていて、皮脂とは別に、汗を出す穴、「汗孔」から分泌されます。汗孔の奥には、「汗腺」という器官があり、表皮組織のなかのところどころに存在していて、主に水分をひろって汗を生成します。汗をかくことは、体温調節において大変重要です。体毛の薄い人間においては、とくにそう言えるでしょう。
汗と皮脂は、違うところから分泌されますが、最終的に皮膚のうえで混ざり合います。そして、皮脂と汗の混合物は一体となり、皮膚全体を覆うかたちとなります。このことから「皮脂膜」と呼ばれていますが、皮膚上に膜を張っている、というより、天然の抗菌クリームを薄く塗っていると考えたほうが解り易いかもしれません。皮脂膜は、油分主体の皮脂と、水分主体の汗が混ざり合うことで、エマルジョン、つまり、水性、油性、どちらの物性も兼ね備えていて、まさに天然のクリームとなって、滑らかに体全体を包んでいます。
さらに、皮脂膜の抗菌機能を語る上で、重要な要素がもうひとつあります。それは、皮脂膜それ自体が弱酸性である、ということです。
皮脂膜は油分と水分を成分として形成されますが、水分は比較的すぐに蒸散してしまうため、皮脂膜の最表面では油分が主体となります。油分は、空気にさらされると酸化しますので、結果、皮脂膜表面では中性よりもすこし酸性に傾いた、弱酸性となるのです。
この弱酸性であることも、皮膚に付着したブドウ球菌等の病原性細菌やウィルスなどの繁殖、侵入を防ぐ働きをしています。


コラム:皮膚常在菌の存在

皮膚における様々な防御機能についてご紹介してきましたが、最後にもうひとつ、皮膚に棲む菌についてもご紹介したいと思います。それは肉眼では捉えられない、ごくごく小さな存在ですが、しかし、どの人の皮膚にも必ず居て、皮膚常在菌と呼ばれます。さて、皮膚は皮脂膜に覆われていて、その皮脂膜は弱酸性で、しかも抗菌成分も含んでいますから、多くの微生物にとっては棲みにくい場所です。しかし、皮膚常在菌は、皮脂膜の抗菌作用に対しては比較的強く、また皮脂膜にふくまれる脂肪酸などの成分をエサにするなどして暮らしています。実は皮膚は完全な無菌状態でいるよりも、害を及ぼさない菌がほどほどにいてくれたほうが、有害な菌の繁殖を阻止することに繋がるので、私たちにとっては好都合なのです。
通常、皮膚常在菌は複数種あり、皮膚上はその菌の勢力争いが常に繰り広げられています。その勢力バランスが人間にとって無害である間はいいのですが、時として勢力バランスが崩れ、いずれかの菌だけが増えすぎるなどすると、無害であった存在が、有害な存在になることもあります。菌によっては、代謝生成物が皮膚によい働きをするものもあるので、これらの勢力が小さくなりすぎることも、皮膚の健康に影響します。

皮膚常在菌は私たちの目には見えない存在ですが、皮膚の健康を考える上で、けして無視できない存在です。

2015.09.29改訂